小泉恒平(koizumi kohei)

1980年8月9日生まれ。23歳の現役大学院生。
4歳の頃より、ピアノを弾き始め、中学生の頃から本格的に
作曲を始める。
クラシック・ジャズ・ポップス・ロック等、幅広いジャンルから影響を受け、独自のソングライティングを目指す
ヤマハ・ティーンズ・ミュージック・フェスティバル'97関東甲信越大会グランプリ他多数受賞。
独特のハイトーン・ボイスと、どこか憂いを帯びた耳に残るメロディラインは、次世代を担うに十分な能を感じさせる。
2000年2月2日にビクターエンタテインメントより 『チャンス』でデビュー。

 

小泉恒平の人生年表(1980年〜1991年)

年月日
出来事

1980年 8月9日        3400g 埼玉県に生まれる。

1982年 1月          幼児番組(例えばポンキッ○とか・・)を見ても、身動きや瞬きもせずに、
                   ジーッとしてかなり不気味な子だった
                   このとき、両親はそんな僕を見て「この子には、音楽的センスがない!」
                   と判断して いたらしい。

       7月          転んで、目の上をけがする。何針か縫った。今でもかすかに傷あとあり。

1983年 4月          幼稚園に入園。

1984年 9月          4歳にして、自ら「ピアノを弾いてみたい!」と言い出し
                   習い始める。

1985年 5月          自転車を買ってもらい練習する。何度練習してもうまく乗れず落ち込む。

1986年 4月          小学校入学。新しいお家へお引越し。

       5月          好きな女の子登場!(しかも3人同時に)。
                   確か名前は・・・う〜〜ん、忘れた(^ ^ ;

       6月          初めて作曲をする(無題)。6歳なのにラブバラード調のかなりマセた
                   感じの曲を作曲。今、聴いてもスバラシイ!(6歳にしては。)

       7月           スイミングスクールに入り、10歳まで続ける。
                   (今でも平泳ぎなら、何メートルでも泳げる自信がある)

       12月         生まれて初めてCDを買う。(ユーミンのアルバム「ダイヤモンドが消えるまに」)
                   「恋人がサンタクロース」を聞いて、この世にはサンタクロースがいない事を
                   知った・・・。

1987年 2月          父親がシンセサイザーを買ってくる。(YAMAHA DX-27)

       4月          地域のサッカー部に入るが、どうも自分にはあっていないと悟り、1年後にやめる。

1988年 8月          友達と初めて自腹で、映画「ドラゴンボール」を観に行く。

       4月          弟と2人で、家の塗装したばっかりの壁に、ボールであとをつけて遊んでいたら、
                   父親に初めて殴られた!

1990年 3月          学校で花瓶をこわしてしまい、先生に叱られる。わざとじゃないのに〜。

1991年 6月          修学旅行で箱根へ。
                   富士急ハイランドで当時、最速のジェットコースター「ムーンライトスクランブル」
                   に乗りジェットコースターにはまる。
                   1999年9月には、天国に1番近いコースター「FUJIYAMA」にも乗る。
                   これは最高だった。


☆1992〜2000年の年表を見る。