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   私が小学校2・3年の時かな?家にTVが来ました。不思議な機械だ

 と思いました。どうして小さな箱の中に人間が居て動いているんだろ

 うと・・素朴すぎる疑問です。そんな疑問もあっという間に消え、い

 ろんなTV番組をみる事が日々の大きな楽しみになっていきました。

      当時はまだ生番組ばかりで、生ならではのハプニングに観る

     ほうもハラハラドキドキ。 アメリカのドラマやバラエティー

     番組も次々に放送され夢中で観ていました。中でもお気に入り

     のドラマは「うちのママは世界一」や「パパは何でも知ってい

     る」、「名犬ラッシ−」 等。「ヒッチコック劇場」、「ポパイ」も好きでした。

     ドラマに出てくる大きな冷蔵庫や美しいお母さんに憧れたものです。音楽番組も

     たくさん輸入されました。「ミッチーミラー合唱団ショー」「アンディーウイリ

     アムスショー」「エドサリバンショー」等など。歌は上手い豪華で綺麗!アメ

     リカって凄いなぁと子供心に思ったものです。そんなアメリカのショー番組に影

     響を受けた日本の番組、「夢で会いましょう」や「光子の部屋」なども大好きな

     番組でした。私の音楽の嗜好はこのような番組を観ていたことで養われたのかも

     しれません。

      私が通っていた苗代小学校には音楽教育に力を入れる先生がたくさんおられま

     した。私のすぐ上の姉が入部していた合唱部は何度か大会で賞状を貰っていたよ

     うです。小学校低学年だった私は合唱部のお姉さんお兄さん達が羨ましく、私も

 はやく大きくなって合唱部で歌いたいなどと思っていました。 3・4年

 を担任してくださった桐村先生も音楽好きな先生の一人でした。 3年

  の時、女子生徒有志6人に放課後になるとコーラスを教えてください

 また。コーラスといっても2声ですが。私がその中の一人だったとい

     うことは既に音楽に目覚めていたのか?どういう経緯でその仲間に入っのか

     く記憶がありません。何処でどんな風に教えてもらっていたのかも忘れてしまい

     ましたが、覚えているのは「もみじ」という唱歌を習った事です。輪唱が入って

     いる難しい曲でした。輪唱というのはメロディーを追いかけて歌う唱方です。

     「カエルの歌」の輪唱が超有名。これを耳栓をしないで上手く出来る人はコー

     ラスの才能があると自信を持ちましょう。 暫くして先生は私達有志6人にある

     子ども向けの音楽番組に出演する機会を与えてくださいました。ぼんたん飴本

     舗提供の「仲よし日曜音楽会」というTV番組でした。私達

     の他に5・6組の参加者がいて、その子ども達と順位を争

     うのです。私達は「もみじ」を歌いましたが残念ながら参

     加賞という結果した。参加賞で貰った飴をTV局からの帰

     り道に舐めて帰ったのを覚えています。 先生のよき指導のお陰でハモる事に目覚

     めた私は、友達とザ・ピーナツの曲をハモり、姉達と音楽の教科書に載ってい

     曲をハモり、少しでも上手にハモりたいと苦心するのでした。

       4年になると先生は器楽部を立ち上げました。クラスのほとんどがそのクラ

     ブに入部しました。 器楽部はピアノ、アコーディオン、ハーモニカ、オルガン。

     マリンバ、鉄琴、大太鼓、小太鼓などの打楽器という編成です。私はマリンバ

 担当でした。部は合奏コンクールの出場を目指して頑張って練

 習しました。コンクールが間近になるとプロの指揮者の人が教

 えに来てくださいました。練習していたのはヨハンシュトラウ

     スのワルツです。プロの指揮者に教わるまでワルツのリズムのとり方は、ブン

     チャッチャ、ブンチャッチャとごくごく普通のリズムです。 しかし指揮者の

     人が教えてくださった本格的なワルツのリズムは目から鱗・・ブチャッチャ、

     ブチャッチャだったのです。ブンのンが無い!解かるかなぁ・・。そのリズム

     感は驚くほどグルーブするのです。難しかったですが堪らなく楽しい!ワクワ

     クするようなリズムでした。 部には際立って上手く楽器を操る生徒は一人も

     居ませんでした。私のマリンバも下手でしたし、技よりも良いアンサンブルを

     目指して練習していた様に思います。 特訓のお陰で全日本学校器楽合奏コンク

     ール、西日本大会でなんと見事に2位を獲得したのです。コンクールの会場は

     大阪一立派なフェスティバル・ホールでした。思ってもいなかった受賞という

     ご褒美に有頂天になっていた生徒達でしたが、一番喜ばれていたのは先生だと

     思います。良い教師の上手な指導があれば子どもの可能性って無限に発揮され

     るのですよね。何をやっても長続きしない私でしたが音楽だけは今の今まで嫌

     いになった事はありません。先生のお蔭です。 感謝!  

      その頃、姉が買ったポータブルプレーヤーが家にありました。江利チエミさ

 んや雪村いづみさんのレコード盤もありましたが、私のお気

 に入りはポール・アンカのクリスマスソング集でした。軽快

 なリズムで「赤鼻のトナカイ」などを歌うポール・アンカは

     本当に素敵で、冬が過ぎて春になり、夏になってもずっとそのアルバムを聴き

     レコードに合わせて歌い踊っていました。 当時ツイストが流行してたので

     す。そういえば流行していたフラフープも家にありましね。やり過ぎると腸ね

     ん転になっちゃう物です。 姉の歌本にも大いに反応していました。分厚い外

     国曲の歌本には五線譜の所に英語の歌詞が書いてあって、その歌詞の上にカタ

     カナで振り仮名がしてありました。聞き覚えのある曲を小さなカタカナ文字を

     追いながらよく歌っていました。ジャストウォーキンインザレイン♪。マルセ

     ーリーノマルセーリーノ♪、ジャニギター♪等など。

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